身体と心は生きていくための道具! [ 健康スタジオ横浜 ]


●  身体と心は生きていくための道具! [ 健康スタジオ横浜 ]

こんにちは、健康スタジオ横浜の内藤です。

本日もご訪問くださりありがとうございます。

 

私たちが、この世界に生を受け、何もわからずに、母親の庇護のもと、母親がいない場合は、誰かの庇護のもと育てられてきました。

何回も何回も根気強く言葉がけを受けながら、自分はどうやら○○といった名前らしいということを認識し、自我(私)という存在が育ってきます。

言葉は、すべて単独性を持たせて、これとこれは違うもの、別ものといったことを認識するためにあります。

幼児の頃は、ボキャブラリーが少ないですから、僕、私といった言葉も覚えていません。

その頃は自分のことを、人から呼ばれた名前で人に説明をしていたと思います。

○○○○ちゃんはね!

などと自分のことを客観的に呼ぶようなことをしている子供が多いのが特徴です。

その後に、僕や私といった言葉を覚え、さらに自我(私)が明確になってきます。

三つ子の魂百まで

などと言われますが、3歳ころになると、私といった感覚、自我が確立されてきます。

それからさらに、集団の中で過ごしながら、自分と他人といった区別や、人の名前や、物の名前を覚えながら、自分と自分以外といった感覚が強められてきます。

第二次成長期がやってきて、親に反抗したり、社会に対して存在を示したりといった行動も、自我の存在を認めてもらいたいが故の行動であったりします。

その私の存在が、この世界で生きていくうえで、いちばん身近な道具としているのが、「身体」と「心」になります。

道具は、適切に使い、適切にお手入れをすると生きていくうえで大変役立ちます。

さらに道具も長持ちします。

身体に関しては、地球からの借り物です。

この地球にあるほとんどのものは、地球からいただいています。

元々の素の身体をいただき、その後に様々な使い方をしながら、個別の道具として身体を作りあげていきます。

そして、使い終わったら感謝して地球に戻します。

昔であればそのまま地に埋めて戻すことをしていましたが、今は衛生上の観点から、火葬しています。

心に関しては、元々の素の部分に、言葉で様々な役割が与えられて、自我(私)といった感覚が作られてきます。

作られたものですから、元々の素の部分ではありません。

身体同様に使い終わったら、作られたものである道具はお返しすることになります。

「身体」と「心」は、あくまで道具ですから、道具を使う存在があります。

道具を使う存在が、「道具」ということを意識して、適切に使用し、適切にお手れをすると、生きていくことが楽になります。

身体が私なのではなく、心が私なのではありません。

あくまでも道具です。

何となくでも、そうかなあ!?

ちょっとはそうかもしれない!

そのように思われた方は、

・適切な道具の使い方
・適切な道具のお手入れの仕方

について知りたいな、と思われたかもしれませんね。

 

それはまた別の機会に!ということで。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。